権威主義の怖ろしさ

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(引用はじめ)

最近になって、「良心」の重要性は失われてきた。

個人の生活において力をふるっているのは、いまや外的権威でも内的権威でもないようである。

すべての人間は、もしじかれが他人の合法的な主張に干渉しないならば、完全に「自由」である。

しかしわれわれのみるところによれば、権威はなくなったのではなく、

むしろ目に見えなくなっただけである。

あらわな権威のかわりに、匿名の権威が支配する。

そのよそおいは、常識であり、科学であり、精神の健康であり、正常性であり、世論である。

それは強制せず、おだやかに説得するようにみえるのである。

それは自明のことだけしか要求しないようにみえる。

母親は娘に「あの青年といっしょに外出するのはいやでしょう」といい、

広告は、「このシガレットを吸ってごらんなさい、そのさわやかさは

お気に召すにちがいありません」と暗示する。

– けっきょくわれわれの全生活をおおっているのは、

これらの微妙な暗示の雰囲気である。

匿名の権威は、あらわな権威よりも効果的である。

というのは、ひとはそこにかれの服従することが期待されているような秩序が

あろうことなど想像もしていないから。

外的権威のばあいには、秩序があり、命令するものがあることは明瞭である。

ひとは権威と戦うことができる。

そしてこの戦いのうちに、個人の独立性と道徳的勇気とが

発達することができる。

あた内的権威のばあいにも、命令は内的なものであっても、

それは認識しうるものである。

ところがこれにたいし匿名の権威のばあいは、

命令も命令するものも、目に見えないものとなっている。

それは目に見えない敵に砲撃をうけるのにに似ている。

戦うべきなにびとも、またなにものも存在しないのである。

(引用おわり ※ 改行は、引用者が、読みやすいようにかえました)

『自由からの逃走』 エーリッヒ・フロム 第五章『逃避のメカニズム』

日高六郎訳 P.185-186

 

 

現代社会の情報空間は、匿名の権威でおおわれている。

とりわけ、消費行動で顕著だが、「なぜこの商品がほしいのか?」という根拠は

品質や、価格を除くと、権威の問題に関わることが圧倒的だ。

 

ブランド品が良い例だが、

ブランドというのは、広告宣伝にかけた時間の蓄積でできている。

長年の戦略によって、人々の頭の中にブランドイメージを確立している。

 

世間のブランドイメージが、暗黙のまま共有されて、

ブランドを知らない人への暗示として伝わることで

購入の動機にまで、つながっていくのである。

 

一方で、商品のマイナス評価も、暗示によって、決まっていく。

企業ブランドの失墜は、早めに対処しないと致命的になる。

 

評価は、詳しく語られなくても、暗示によって強く伝染していく。

それだけ、消費社会では、暗示がものをいうのだ。

 

芸能人のブログやインスタで、特定の商品を紹介させる

ステルス・マーケティングや

全く関係のないシーンに、特定の意図へ誘導する暗示効果を悪用した

サブリミナル効果などが、暗示的マーケティング手法として有名だ。

私たちの現実的決断というのは、

実は、暗示に影響を受けているかもしれない。

 

しかし、暗示にかかっているという自覚がないまま

他人の意図した誘導に沿って、自分が行動していると

想像したら、したら怖ろしいことだ。

 

それは、催眠状態にあるのと同じことだからだ。

 

上記のエーリッヒ・フロムの引用文のような母親よくいるのではないか?

 

この母親の怖ろしさは、娘を自分の気に入らない青年から引き離すために、

微妙な暗示を持ってするところである。

娘が思ってもないことを、暗示によって、植えつけているのだ。

 

エーリッヒ・フロムのいう匿名の権威というのは、

対立する2つの勢力の間に生まれてくることがおおい。

権威に追従するものと、権威に反抗するものを例に取るとわかりやすい。

 

追従と反抗が、はげしくなると、中間にグレーゾーンが出来上がる。

どちらでもない多数派のいるゾーンだ。

 

たとえば、部活の顧問の先生が、一人のサボっている生徒を強く叱るとする。

そして、そのサボっている生徒の連帯責任として、みんなを正座させたとする。

そして、その顧問の先生は、ネチネチ何時間も、説教したとする。

もっともらしい説教で、くどいが一理あったりする。

顧問の先生への権威の追従と、連帯責任という不条理への反抗心が

説教されている生徒たちの心に生まれているはずだが、

やがて、その対立の間にグレーゾーンが生れる。

 

面従腹背と云うべき態度だ。

 

顧問の先生に本当の権威があれば、面従腹背は成り立たない。自分から従う。

あるいは生徒の反抗心が本物なら、面従腹背が成り立たない。言うことを聞かない。

 

しかし、追従も反抗もしないという消極的な態度には

グレーゾーンが現れ、面従腹背が成り立つ。

グレーゾーンが、ひとりひとりの生徒の頭の中で現れてくる。

これが権威主義的性格の萌芽である。

 

実は先程のマーケティングの例を取って、説明した暗示の伝染こそ、

グレーゾーンに深く関わっているのである。

自分で選んだ自覚がないまま、選択肢を狭められ、選ばされている状態だ。

先生の権威に全面的に従っていないが、さりとて反抗する気もない。

 

商品に積極的に惹かれるわけではないが、ついつい購入してしまう。

グレーゾーンにある人々は、その場所にいることで

無意識に匿名の権威に奉仕してしまっている。

 

これが頭の中でも起こるのだ。

権威主義的性格のひとびとは、腐葉土に生えるキノコのように

グレーゾーンに現れる。

 

2つの対立が激化すると、かならずグレーゾーンが広がっていく。

そこは、戦闘地帯ではないのだが、匿名の権威が支配している。

匿名の権威は、グレーゾーンのひとびとの自由や独立を圧迫する。

 

現状維持がとりあえず最善の選択であると暗示して、

目に見えない秩序に、とどまらせようとする。

何もしないで立ちすくむという行動を選択する。

 

とどまるのはあくまでも自分の選択なので、服従ではない。

 

匿名の権威が、欺瞞的選択を、計画的にひとびとに植えつけているのだ。

社会の閉塞感は、匿名の権威が支配するグレーゾーンに充満する。

 

ひとびとが、自らの選択で、自由や独立を手放し、良心を押し殺しはじめる。

権威主義の怖ろしさは、ここにある。

 

(おわり)

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