ものごとの枠組み(読書と肩こりと幽霊と)

枠組みで、「ものごと」を捉える。

 

ということができると、読書するうえで役に立ちます。

 

例えばですが、

チェスなら、8×8のマス目

将棋なら、9×9のマス目

囲碁なら、19×19のマス目

テニスなら、縦23.77m、シングルスでは横8.23m、ダブルスでは 横10.97m。

卓球なら、長さ2.74m、幅1.525m

相撲なら、直径15尺の円

 

この枠組みの中で、戦います。

 

読書することで、大切なのも、枠組みです。

 

人は、限られた枠組みの中でしか、考えることができません。

 

例えば、役割の決まっている将棋の駒と、

囲碁の碁石は、同じマス目の中でも果たしている機能が

まったく、違います。

 

将棋しかやらない人は、将棋の駒しか使えませんが、

囲碁もできる人は、将棋の駒を、碁石のように扱うかもしれません。

 

同じ将棋の駒を、どのように扱うかは、

扱う人の考え方で変わるのです。

 

チェスは、もうすでに、世界王者でもコンピューターに勝てなくなっています。

将棋は、コンピューターが、プロの5段に勝てるレベルです。

いずれ、プロ棋士が、勝てなくなる日が近いといいます。

 

そして、囲碁は・・・

 

実は、コンピューターではアマチュアに勝つのがやっとです。

 

どうやら、囲碁ではコンピューターは人間のプロに勝てないのではないのか?

 

という説すらあります。

 

なぜ勝てないのかというと、碁石の役割というのが

数学的に定義しづらいからだそうです。

 

チェスや、将棋の駒は、動ける範囲が決まっていますが、

碁石は、動きません。そのかわり、他の碁石との関係の中で

どんどん役割が変わっていきます。

 

役割が決まっていて動くものは、数学で予測できるのですが、

動かないものは、動かないゆえに

周りの碁石との関係で

どんどん意味が変わるので、予測がつかないのです。

 

チェスや将棋は、ある局面で最も有効的な手(定跡)というのが、

ほとんど、すべてプログラミングで計算できますが、

囲碁の、最善手(定石)は、すべて計算し尽くせる数式の枠組みが

現段階では、存在しないのです。

 

だから、プログラミングできないのです。

 

これがプログラミングできると、

世界の戦争がなくなるかもしれないくらいの

発明だそうです。

 

で、何がいいたいかというと、言葉というのは、

碁石のように、関係の中で意味が変わります。

 

だから、言葉を理解するには

とりあえずの理解の枠組みをしっかりさせないといけません。

 

読書も、難しい本ほど、何が書いてあるかわかりません。

カントの哲学書を読めば、一応、日本語としてわかります。

 

しかし、文章の内容を理解できないのは

言葉の使われている枠組みがわからないからです。

 

枠組みでもって捉えることのできない

読書というのは、何が書いてあるかわからないものを、

頭に詰め込むという苦行になってしまいます。

 

サッカーのコートで、テニスするようなものです。

 

 

受験勉強を思い出してもらえばわかると思うのですが、

あれが楽しいという人は、ごくわずかだと思います。

 

いびつな理解の枠組みの中で、試験の点数をとるためだけの知識を

ひたすら頭に、植え付けていくという、不自然な学習です。

 

学校の勉強が苦手だとか、嫌いだという人は、

そのいびつな理解の枠組みが、体質的に合わなかっただけかもしれません。

 

 

これで、勉強自体が嫌いになるのは、気の毒なことです。

 

我々は、日本語という枠組みの中で、考えています。

 

たとえば、幼稚園児でも、

絵があって、吹き出しがあって、2行くらいのせりふがあるものなら読めます。

マス目でいえば3×4マスのどうぶつしょうぎです。

 

しかし、ある程度のまとまった量のある文章は、

将棋で言えば、急に10×10のマス目にもなるし、200×200マス目にもなります。

 

しかし、日本語を使っている限りは、

ある程度の枠組みがあれば、読めます。

 

マス目が増えても、コマの役割は同じです。

 

中学生になれば、大人と同じものを

ある程度は読めるようになります。

 

マス目の広がりでビビってしまいますが、

使われているコマの機能が分かれば、

将棋を指せるのと同じように

中学生でも、大人が読むような、文学作品を読めます。

 

小学生でも、段階を踏んで学べば

ピアノでバッハを弾きこなすのと同じことです。

 

ただ、外国語で書かれたものが

日本語に翻訳されている場合は、

将棋の駒の中に、碁石が混じっているような

急激な枠組みの変化があります。

 

3×3のマス目しかないのに、

その中に、碁石があると、

どうしたら良いかわからなくなります。

 

外国語の本を読むというのは、

言葉への理解の枠組みを

日本語仕様から、変えないと理解できないのです。

 

 

近代の小説家というのは、

二葉亭四迷でも、夏目漱石でも、森鴎外でも、

外国の枠組みを、日本に移植するという大変困難なことに

一生かけて取り組んでいました。

 

これがいかに、頭の痛くなるような事業であるか、

夏目漱石の小説を読むだけでも、うっすら感じられます。

 

話は変わりますが、

 

我々の、日常生活で感じる悩みというのも、

実は、日本語でできています。

 

例えば、「肩こり」という言葉は、外国語にありません。

 

「肩こりに悩む女性」というのは、

外国には存在しないのです。

 

これだけ聞けば、「ああそうですか、ものしりですね」なのですが、

我々が、普段悩んだり、不安に思っていることも、

外国人であればおよそ悩んだり、不安に思わないことだったりします。

 

例えば、幽霊がいる国と、いない国があります。

 

イギリスや日本には幽霊がでますが、

スイスやフランス、イスラム教の国々には、幽霊はでません。

 

中国は、戦後に幽霊がいなくなった国です。

ソ連だった頃は、幽霊はいないけど、ロシアには幽霊がいるかもしれません。

 

これは、どういうことかというと

「幽霊」がいない国には「幽霊」っていう言葉がないからです。

あるとしても、そんなこと信じてる奴は、バカだということです。

 

あるいは、幽霊がいたと主張したばっかりに

刑務所に入れられるケースもあります。

 

部屋の隅に、足のない幽霊が立っているのをみるというのは、

ある一定の文化圏だけです。

 

その代わり巨人や小人、妖精のいる国はあります。

ドイツとか東欧諸国ですかね。

 

これは、文化によって、世界の捉え方が違うからです。

 

ものごとの捉える枠組みが違うのです。

 

読書をすれば、ものごとを捉える枠組みがかわりますし、

枠組みが変われば、読書も楽になります。

 

 

人によっては、枠組みが変わるというのは

今まで信じていたことが崩壊するような

ショッキングな体験かもしれません。

 

でも、今の日本社会は、急激に枠組みが変わっているんですけどね。

 

それを認めないのは、将棋のルールで囲碁をやることに等しいと思ってください。

 

英語が公用語にしようとしている日本企業がありますが、

あれは、社員のものごとを捉える枠組みを変えてほしいからやっているんだと思います。

 

英語がペラペラでも「好きな食べ物は何ですか?」しか

外国人の同僚にきけない人を

育てたいわけではないと思います。

 

なぜ日本には、肩こりがあって、幽霊が出るのか

外国人に説明するために、英語を学ばせているのです。

 

そして、肩こりで悩む社員や、幽霊を怖がる社員を

排除するためです。

 

肩こりがあっても、幽霊がいてもいいのですが、

いては困る人たちのことを考える枠組みでものごとを捉える。

 

それが国際化なのです。

 

昔、横光利一という小説家が、トリスタン・ツァラという詩人に向かって

「日本には地震があるので、シュルレアリスム(超現実主義)は流行りません。」

 

といいました。

 

地震のないヨーロッパでは、

サルバトール・ダリが描いたような、グニャグニャになった時計は、

イマジネーションを駆使した斬新な発想なのですが、

日本には、ありえるので、誰も、驚きはしないのです。

 

だから、日本人の画家は、好んで題材として描きませんでした。

 

だからなんなのだという話ですが、日本語は、世界の中の一つの言葉しかありません。

 

日本語に我々の思考の枠組みは、縛られているのです。

 

ここに自覚があるかないかで、だいぶ考え方が変わるのです。

 

読書をすれば、

 

なぜ、日本に幽霊がいるかわかるようになります。

なぜ、イスラム教徒が、キティちゃんを好きなのかもわかります。

なぜ、アメリカ人がアメリカンドリームを信じているかわかります。

なぜ、中国に雪男が出るのかわかります。

 

そして、

自分のことがもっとよくわかるようになると思います。

 

 

 

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