日本の政治で一番問題なのは野党がないことだ。

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(引用はじめ)

日本の政治で一番問題なのは野党がないことだ。

社会党は野党ではない。

労働組合だ。

かつては社会党も政権を取ろうとした時期があった。

しかし、今では政権を取れるだけの候補者を選挙で立てていない。

労働組合と同じで、要求するだけだ。

それが日本政治の最大の問題なんだ。

(引用おわり ※ 改行は、引用者が、読みやすいようにかえました)

『裏支配 – 今明かされる田中角栄の真実』 田中良紹 P.81

これは、1983年ロッキード事件で、謹慎中だった田中角栄元総理の話を

当時の番記者だった著者が、目白の田中邸で聴いたものである。

この上記の引用に続いて、

(引用はじめ)

『かつて労働組合記者クラブに在籍した頃、いろいろな労働組合を取材したことがあった。労働組合は経営側に対して労働者の立場にたった要求をし、それを勝ち取ろうとする組織であったが、現在の経営者に代わっ自分たちが経営を行おうとする組織ではなかった。 (中略) 労働組合の場合はそれでも構わない面もある。しかし、政治の場の野党がそれでは困ると思った。野党という以上、この国の経営はいつでも自分たちに任せろという気概と戦略を持ってもらわないと国民は不幸だ。しかし角栄氏が言うように、確かに社会党は修正要求をするだけで、この国の経営を行おうとはしていない。それを我々マスコミは「野党」と呼んできた訳だ。(中略)角栄氏の一言によって、私は急に日本政治の構造が見えてきたような気がした。

(引用おわり)

昨日行われわれた、2017.10.22の衆議院選挙は、自公政権が圧勝した。

与野党どちらに投票しようが、投票した53%有権者は、

たいした対立軸のない権威主義的な政治構造を、信任したと思う。

 

投票に行かなかった有権者は、現政権にしか政権担当能力はないので、

選挙結果に影響しないので、投票しても無駄だと、思っていたのだろう。

 

今回の選挙戦を眺めながら、35年前の田中角栄元総理の

『日本の政治で一番問題なのは野党がないことだ。』

という言葉が、現在の日本の民主政治の欠点をズバリと言い当てていて

うなだれるしかないような、やるせない気持ちにさせる。

 

 

野党各党は連携してでも、政権を取りに行こうという気概がなかった。

自民党を抜け出して、1993年の細川連立内閣と、2009年の民主党で、

二度、政権を取った際の、立役者である小沢一郎氏が関わった野党勢力を除けば、

政権担当能力や、政権を取ろうとする気概のある野党は、実のところ今の日本にはない。

 

 

ただ、労働組合のように、各種の権利を要求する野党はある。

立憲民主党は、そういう野党だ。

野党は、要求はしても、政権を担当する気概がない。そして、戦略もない。

 

政権担当能力担当のある二大政党による政治を目指して選挙制度を改革したが、

結局は、権威主義的な政局が延々続くだけだ。

 

自民党内の主流・非主流の派閥抗争も、ほとんどないのだから、

今後も、盤石安泰の長期政権である。うんざりするほど長く続きそうだ。

 

パッとしないオーナー企業が、粉飾決まがいの決算しながら

だらだら身内で固めた経営をしているような状態だ。

凋落したシャープや東芝の経営体制も、おそらく権威主義的だったのだと思う。

いま、経営問題が噴き出している神戸製鋼も似たような構造を抱えていそうだ。

 

 

一方で、経営問題が噴き出している当該企業の労働者は、

権利だけを要求する労働組合が、組合員に闘っているふりだけして見せている。

裏では、経営者と労働組合が握り合っているのかもしれない。

 

実体は、握り合っていなくても、握り合っているかのような構造になっている。

これも、権威主義的だ。

 

 

政府主導で賃上げしているから、

大企業の労働組合は、そこまで強い政治的行動には出ない。

一方、労働組合に支えられているような野党の議員は、政権交代を、と口ではいうが、

自分が議席にしがみついて、生き残ることしか考えてない。

 

 

とりわけ民進党から希望の党に合流した議員には、エゴが透けて見えていた。

野党にいながら、権威主義的であった。

 

そんなことない。野党はしっかりしていた。

実際、そんなことはないのかも知れないし、そう考えたくもないが、

当人たちの思いと裏腹に、野党も権威主義の陥穽にみごとにハマっている。

思えば、小池百合子東京都知事が、権威主義の権化だった。

 

自民党一強の継続については

ネオ・コーポラティズムだとか、右傾化だとか、ファシズムかだとか

いろいろな政治的分析はあるが、

問題なのは、角栄先生の言うとおり、専制じみた政権与党よりも、

政権を取りに行くはずの野党に、ぜんぜん気概がなかったことだ。

 

もしかしたら、そういうシナリオ書いた人がいたのではないかというくらい

希望の党への民進党の合流は、政権交代を匂わせながら、

小池都知事の排除の論理で、みごとに自壊して

公示日以降に、すごい勢いで失速していった。

 

 

そうなると

労働組合のないような中小企業に勤める庶民や自営業の人(私もそうだ)

年金の減額を恐れるシルバー世代は、

公的年金制度の維持やバラマキ政策を期待して、自公政権を応援するしかない。

 

 

権力に腐敗の臭いがしようが、そこには、鼻をつまんでしまっている。

忖度やら、お友だちへの口利きの疑惑は、選挙の争点にはならなかった。

 

 

格差社会の是正や再分配を訴えていた野党は

権利の要求しかしていないのだから、権利の要求がいくら正論でも、

かつての社会党と、何ら変わらない。

 

 

実体としては、野党ではなくて、保守勢力の受け皿であるだけだ。

53%の投票率というのは、形式的に国民主権の民主政治を、

やっているというアリバイを示しているにすぎない。

 

 

政権交代の可能性がないなら、選挙に行っても無駄だというのが、

現政権の圧勝をみつめる半分のしらけきった有権者の無意識の本音だろう。

権威主義的状況で圧殺されるのは、『自由』と、『良心』である。

日本社会が『自由からの逃走』をはじめているのだとしたら、

このあと待ち構えている、心理的な閉塞感は、マジ絶望的だ。

息もできないほどだ。

 

 

戦後日本の民主政治の構造的欠陥は、なんにも変わっていない。

その根本の原因は、国民の自覚の問題であり、

また、読み書きなど基本的な学力の問題だ。

問題設定から、やりなおさないと

民主政治がどんどん形骸化してしまう。

 

そのためには、本を読もうよ、読書しようよ。

権力を取りに行く気概を持とうよ。

(おわり)

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