吉野源三郎『君たちはどう生きるか』読書会のもよう(2018 1 5)

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2018.1.5に行った吉野源三郎『君たちはどう生きるか』読書会のもようです。

メルマガ読者さんに頂いた感想文はこちら。

私も書きました。

 「学問や芸術に国境はない」

ガンダーラの仏像を解説しながら「学問や芸術に国境はない」という話が描かれている。読書をする意味、古典を読む意味、独学でも一生学び続けていく意味。これらの意味を、しっかり説明することは、案外難しい。ルソーではないが、人間は、自由なものとして生まれたが、しかもいたるところ鎖につながれている。主観的には自由を感じても、客観的に見れば、手かせ足かせの中にいる。学問の進んだ世界から見れば、遅れた世界のことは、手に取るようにわかる。マルクスは、「人間の解剖は猿の解剖のための一つの鍵である」と言ったそうだが、それは、そのとおりだ。

この物語に出てくる叔父さんは、まだずいぶん若い。私がこの叔父さんの立場だったらコペル君のような中学生に何か伝えることがあるだろうか。まさか本を読めとも言えない。読みたければ読めばいいし、読みたくなければ読まなくてもいいと思う。知識は実践しなければ、価値を持たない。頭に詰め込んでも、世界の役に立たなければ、何の意味があるのかと思う。まず、固定観念から自由になることが、読書をして学ぶ目的だと思う。

自由を実現するためには、色々と準備がいる。水仙の根の話に出てきたが、深く根を張るから、水仙は可憐な花を咲かせている。だが、根の部分は地中奥深く隠れているから見えない。

人間の世界も、見えない根がある。学問や芸術は、見えない根が大切だ。根があっての、花である。国境を超えて世界に伝えてゆけるのは、豊かな土壌にしっかり根を張ったものが、実践段階に入って、花として咲くからだ。「鮨はどこにでもあるんですもの」という岡本かの子の『鮨』の台詞があるが、どこにでもあるということは、『鮨』はそれだけ根を張った食文化だということだ。根を張ったものは、どこまでも自由なのだ。

人間が、自由であるためには、学問を続け、根を張り、知識を実践して、花を咲かせなければならない。自由は実践しなければ、実現しない。与えられた自由は、まやかしだ。

(おわり)

読書会の模様です。

 

  • 2018 01.27
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