『グルーシェニカと一本の葱』
ゾシマ長老の死後、多くの信者に動揺が走った。
数々の奇跡を起こした長老のご遺体から思いもかけない腐臭がしたからだ。
アリョーシャはいとも簡単に信仰が揺らぐ人々を目の当たりにして、
信仰も一つの自己欺瞞ではないかという疑念に苦しむ。
信仰を見失った彼は、以前から自分に会いたがっていたグルーシェニカを訪ねる。
彼女は、アリョーシャ訪問を喜び、彼の膝の上にのり誘惑した。
5年前、17歳のときグルーシェニカはポーランド人の将校に
騙され、捨てられた身寄りの無い少女だった。
その後、彼女はサムソーノフという強欲な商人の妾となり、どん底から這い上がった。
よこしまな女と罵られ、嫉妬されて中傷されているが、
才気と色気にあふれ、今や街の男たちの垂涎の的である。
その証拠に、アリョーシャの父フョードルと、兄ドミートリーは、
彼女をめぐって三角関係になり憎しみ合っている。
敬虔な正教徒であるアリョーシャは、家族同士の醜い諍いに心を痛めていた。
グルーシェニカは、気位が高い。
自分をよこしまな女だと中傷する者には、次々と復讐した。
アリョーシャもきっと自分を軽蔑していると思い込み、
彼を堕落させて復讐しようと彼女は企んでいた。
信仰に迷った彼は自暴自棄になり、いっそ堕落した女に
身を委ねようと決意して訪問した。
グルーシャニカに誘惑されながら、身を持ち崩しそうになった矢先に、
アリョーシャは、長老の死を、彼女に告げる。
すると、
「ゾシマ長老が亡くなったの!」グルーシェニカは叫んだ。
「まあ、そうとは知らなかったわ!」彼女は敬虔に十字を切った。
「まあ、それなのにあたしはなんてことを。今この人の膝にのったりして!」
ふいに怯えたように叫ぶと、急いで膝からおり、ソファに座り直した。
(『カラマーゾフの兄弟 中巻』新潮文庫 p217)
アリョーシャは、自分が失った敬虔な信仰を、そして、神を
よこしまな女、淫売と蔑まれる女、グルーシェニカの言葉の中に見出した。
邪悪とおもわれた彼女が、アリョーシャに渡した一本の葱がここにあった。
(終わり)
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