『カルガーノフの号泣』
カルガーノフはミーチャの母方のミウーソフ家の親戚で、アリョーシャの友人である。乞食に施しを与えながらも、その姿が偽善者に映らないか、気にするような、自意識過剰な二十歳の青年だ。繊細で内省的だが、同時に子供っぽい無邪気な性格でもある。彼は修道院で知り合ったマクシーモフという没落地主と仲良くなって、モークロエのトリフォンの宿にいた。
カルガーノフはマクシーモフの嘘に興味を持った。
「かりに嘘をつくにしても、そりゃこの人はしょっちゅう嘘ばかりついていますけど、でもこの人の嘘は、もっぱらみんなを楽しませるためなんです。これは卑劣なことじゃないでしょう、卑劣じゃありませんよね? (中略)ほかの人なら、何か理由があって、利益を得るために卑劣な行為をするものですが、このひとはただなんとなく、天性でそうするんですものね……」
([『カラマーゾフの兄弟』 新潮文庫 中巻 P396)
マクシーモフの嘘は、教養に富んだ無害な嘘であったので、カルガーノフは好感をもったのだ。しかし、その後、グルーシェニカの元愛人のポーランド人将校を交えてカードをしていると、カルガーノフは、その将校がインチキをするのを見てしまった。そして、ミーチャがその将校をつまみ出して、どんちゃん騒ぎをはじめた頃には、気が滅入って、すっかり《わびしく》なってしまい、「低俗だ、何もかも国民性まるだしじゃないか」吐き捨てた。嘘に嘘を重ねて進むロシア社会の自己欺瞞の醜悪さに、彼は嫌気がさした。
ロシアの社会には、ロシアの現実がある。カルガーノフもロシア人として卑劣さを免れない。それが、ロシア人としての宿命である。ミーチャが逮捕された愚かな騒動の顛末を目の当たりにして、現実社会を強烈に意識した。巻き込まれてしまった現実の救いようのない愚劣さに、「生きるに値するだろうか、そんな値打ちがあるのだろうか!」と打ちひしがれ、この真面目な青年は、玄関の片隅で、ひとりきりで思い切り泣いたのだった。
(おわり)
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