シュテファン・ツワイク『マリー・アントワネット 上巻』読書会のもよう(2020 1 10)

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2020.1.10に行った

シュテファン・ツワイク『マリー・アントワネット 上巻』読書会のもようです。

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私も書きました。

「下町のマリー・アントワネット」

マリー・アントワネットの肖像画はたくさんある。ギロチンにかけられる前の哀れなスケッチ以外は、どれもそろいもそろって、口元あたりに、傲慢さが見え隠れするような挑発的な表情だ。一見、ダ・ヴィンチの『モナリザ』の不敵な笑みに少し似ている。革命によって顕在化するような庶民の嫉妬が、彼女の肖像画に挑発的なトーンを加えるのかもしれない。つまり彼女の口元が挑発的なのは、植え付けられた偏見による、我々の錯覚ゆえでは?

(引用はじめ)

博愛主義的になった十八世紀は、もっと洗練された手を使う。政敵を倒すには短剣を雇う必要はなく、ペンを買収する。肉体的に片付けるのではなく道徳的に始末する。笑いものにして殺すのである。(P.240)

やがてこれらの売文業者のあいだにマリー・アントワネット攻撃のパンフレットは、今一番実入り多い仕事であり、それに大して危険でないという情報が、口から口へ伝えられ、こうしてこの不幸な流行は猖獗をきわめる。(P.241)

(引用おわり)

『首飾り事件』以降のマリー・アントワネットは、現代でいえば、ネットで炎上しても、記者会見も開かず、ひたすら無視を決め込んでいたことになる。名門ハプスブルク家に生まれた彼女は、無視こそ最大の軽蔑と心得ていた。

しかし、弁明しなければ、あることないこと事実であるとされ、評判がガタ落ちなる。まだ権力のある斜陽の人物を誹謗中傷するのは、金になるのである。山のように印刷され国内外に頒布された怪文書は、マリー・アントワネットを不道徳の怪物に仕立て上げた。

最近タピオカ屋に恫喝まがいのメッセージ送ったことが暴露され、活動自粛に追い込まれ、挙げ句には、お笑い芸人の旦那と離婚したママタレがいた。確かに、ユッキーナはもともとイメージがいいかというと、下町のマリー・アントワネットのような感じで、無知による軽薄さが見え隠れしていた。それを『おバカ』というコンセプトで本人も一時期売りにもしていた。しかし、今回はおバカではすまず、勢いよく炎上して、ネットではまとめサイトができて、恰好のアクセス稼ぎのネタになってしまった。

もしかしたら、マリー・アントワネットのようにハメられたのかもしれず、あんだけ叩かれるいわれも、もしかすると、そんなには、ないのかもしれない。でも、恫喝が暴露されると決定的な証拠のようになってしまう。あのLINEのやり取りみたいなのが、もし仮に偽物で、仕組まれていて、弁明できないように予め計画された事件だと想像したら、誰でも背筋が凍るのではないか? でも、世間は、ユッキーナをマリー・アントワネット同様に、そういう素行の持ち主だと見て、偏見を抱いている。人気商売の人にとっては、恫喝が事実かどうかは二の次だ。そういう偏見があって炎上すれば、後の祭りだ。仕事がなくなる。今後本人が誠実に釈明して不明を恥じ、改心して出直すしかない。

フジモンもさんざんテレビで他の芸人に振られてネタにされたが、とうとう、ネタにもならなくて、しばらくは、暗い顔してひな壇に座っていた。かつての元気なガヤも、見る影もない。結局、夫婦は離婚することになってしまった。マリー・アントワネットのようにギロチン送りにならないだけ、ましかもしれない。

今も、たくさんの政治家や芸能人が、毎日ネットの流言飛語によって道徳的に始末されている。当事者が、調子づいているのが目に余ったり、誤解を招いたりするような生活態度だと、やっぱり助け船を出す人はいない。一度地に落ちた名誉は、なかなか挽回できない。政治的な世論操作は、18世紀から格段の進歩を遂げ、みんな振り回されている。

  (おわり)

読書会の模様です。

  • 2020 04.20
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