宮沢賢治『銀河鉄道の夜』読書会のもよう(2019 5 17)

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2019.5.17に行った宮沢賢治『銀河鉄道の夜』読書会のもようです。

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私も書きました。

 『正義感からの頓死』

ある作家が、新聞の三面記事を目にする。Barで起こった他人同士の喧嘩を仲裁しようとして、喉にナイフを刺されて死んだ弁護士の記事だ。正義感からの頓死である。これは、『スタンド・バイ・ミー』という映画の冒頭シーンである。映画は、ローティーンの頃にしか成立しない、ピュアな勇気や友情を描いている。

ジョバンニのお父さんは密漁で監獄に入っているのではないかと言われている。「ラッコの上着」のことでザネリからからかわれて、ジョバンニの胸は冷たくなり、『そこらじゅうがきいんと鳴る』のを感じる。感受性が麻痺していく初期の段階だ。ジョバンニは、放課後の写植のバイトや母の看病で、疲れ切ってしまい、友人と遊ぶ気力も時間もない。無二の親友のカンパネルラとも心の距離が生まれた。皆がジョバンニをからかったとき、頼みにしていた親友も傍観者の立場を決め込んだことが決定打だった。

友情が壊れたさみしさと怒りに駆られ、丘へ走り、満天の天の川の下で眠ったジョバンニは、夢の中でカンパネルラと銀河鉄道の旅に出る。最近、敷設された軽便鉄道の汽車の音や、カンパネルラ宅の模型の鉄道に夢中になった思い出が、夢の材料になっている。写植で拾った記事は、タイタニック号沈没だったのかもしれない。それも夢の材料だ。沈没の犠牲者と思わしい青年と少年少女(ただし、かおる子)が汽車に乗り込んでくる。かおる子と仲良くするカンパネルラへの嫉妬が、ザネリと一緒に祭りに行ってしまった嫉妬に重なる。銀河鉄道の中の出来事が、現実の人間関係と、複雑にクロスオーヴァーしている。どうやら、カンパネルラは、すでに、ザネリを助けて河で溺死していたらしい。その証拠に、カンパネルラは、向かいに座っているジョバンニに、自分の正義感からの頓死を母親が許してくれるだろうかと語っている。そのくだりと呼応するように、蠍の自己犠牲の挿話が語られ、天の川の中に十字架が現れ、カンパネルラは、まるで殉教者のように、追悼されていく。

この作品は、現実社会では、『ほんとうのさいわい』を願えば、殉教などではなく、頓死みたいな、やりきれないものになるという、身も蓋もなさを描いている。

ジョバンニの持っている特別な切符には「十」の記号がかいてある。その切符を鳥捕り男が、しきりに賛嘆するのを、ジョバンニは恥ずかしく思い、あとで深く反省するくだりで、私はおもいだした。鳥捕りは、『罪と罰』において、たまたま早く帰宅してしまい、ラスコーリニコフに頭を斧で割られた、リザヴェータに似ている。彼女の持っていた十字架と聖書が、ラスコーリニコフの手元に渡ってくるという摂理が『罪と罰』のハイライトだった。

正義感からの頓死は、贖罪の山羊に進んでなろうとする自己犠牲の精神であり、それは結局、神の摂理だということを、宮沢賢治は、『法華経 常不軽菩薩品(じょうふきょうぼさつほん)』になぞらえて、何か描こうとしていたらしい。そう吉本隆明が書いている。常不軽菩薩は、悪罵されながら仏縁を結ぶ『折伏逆化』だと世親が名付けたそうだ(『法華経 下』岩波文庫 解説P461)

(おわり)

読書会の模様です。

 

  • 2019 10.05
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