2018.6.15に行った永井龍男『青梅雨』読書会のもようです。
私も書きました。
『無縁仏にならないために』
看護師の頃、入院患者だったひでとの縁ができて、千三の家にやってきた春枝は、10年前に梅本の父の世話で、東京から神奈川の終の棲家に一緒に越してきて、身の回りの世話や介護など、献身したのだと思う。
春枝は、体の悪いひでに代わって、工場経営者としての千三を支えた。その間に、もしかすれば、新聞記者が邪推したような関係になったのかもしれない。
入浴しようとする千三の世話まで甲斐甲斐しくする春枝に世間の目は冷たい。家族の関係に第三者がとやかくいうことではないが、世間の分別の残酷さというのが身にしみる描写だ。
一家が越してきたときは、もう、千三の経営していた工場の立て直しようがなく、その頃には、養女として春枝の籍を入れていたのかもしれない。東京の区役所でとった戸籍抄本には、みんなの名前が載っていたのだろう。
この戸籍抄本は、借金返済に関わる相続や保険金の請求などに使われたのかもしれない。
身寄りのほかにないゆきの生活も、千三は引き受けた。そして、ゆきとの関係も、春枝はうまく調整した。
春枝は足が不自由だった、その事も含めての一家のおける女性三人の関係のバランスがとれていたのかもしれない。
千三という一家の大黒柱の男性を巡って、この疑似家族のバランスが保たれていた。
源氏物語を読めば、光源氏が多くの女性との関係に腐心するさまが描かれている。
帝の崩御、そして後宮のはなやかな女性たちの零落、やがて衰運を迎える源氏の門閥……
時間は残酷だ。千三が先に死んでしまえば、残された女性三人は、感情の上でバラバラになってしまうだろう。
千三が、世間になるたけ迷惑をかけず、みな仲良く一緒に同じ墓に入れるように、始末をつけた。
日本人の「恥の意識」というものを強く印象づける。
死に装束を整え、固めの盃をしたから、養女の春枝も、同じ墓に入れる。
一言も口に出さなかったことの核心に関することを、春枝は知る由もない。
ただ、彼女は戸籍の上でも、魂の上でも独りぽっちにならずにすんだ。ようやく青梅雨に包まれた一体となった。
(おわり)
読書会の模様です。