深沢七郎『楢山節考』読書会のもよう(2018 1 19)

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2018.1.19に行った深沢七郎『楢山節考』読書会のもようです。

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私も書きました。

 『楢山まいりに雪も降らない』

この村は、食料が限られている。これが所与の条件である。その中で、どうやって家を存続していくのか。その究極の解決法として、「楢山まいり」とよばれる、棄老の習慣が存続している。あとは、赤ちゃんを裏山に捨てる間引きである。

後妻である玉やんの食料は、おりんの楢山まいりでカバーできる。誤算だったのは松やんと、そのお腹のなかのけさ吉との間の赤ちゃんである。

妊娠4ヶ月で、家を追い出されて、おりんの家に来た松やん。かまどの火を焚くこともできないし、子守りもできない。でも、食べることは一人前。でも、まだまだ子どもである。子守りをしながら、辰平の末っ子(3歳)を、つんぼゆすりしたり、つねったりして、いじめる。そこには、自分の子か、辰平の末っ子が残るかのサバイバル戦がある。

おりんがきれいな根性で死んだからといって、この一家の暮らしが楽になるわけではない。

棄老は悪なのか? 間引きは悪なのか? 「みなが生き残るために、老人か赤ん坊の命のどちらかを犠牲にしなければならない」というジレンマは、現代の我々にも無縁ではない。

所与の条件により、強い者だけが生き残り、弱い者が殺されていく関係が掟になってしまう。現代の日本では、食糧不足は、解決されたが、まだ貧困は解決されてはいない。松やんのような子どもはたくさんいる。

イエスの12人の弟子は、順位を争った。イエスは、彼ら諭し、幼子を真ん中に置いた。

「おさなごをとりてその中におく」(マルコ福音書 第9章3節)

現象は没落する。生きているものは、いずれみんな死ぬ。これから生まれてくる幼子こそ未来の核心だ。所与の条件を一つでも減らすことができなければ、子どもの虐待はなくならない。未来は閉ざされていく。自分が生きる残るために、七谷に老人を突き落とす子どもたちがいるかもしれない。

所与の条件の中で生き延びるためには、共食いせざるという背景を背負った猟奇的な事件が続いている。

 

耳を突き刺すような、カラスの鳴き声が聞こえはしないか?

聞こえないふりをしてはいないか?

(おわり)

読書会のもようです。

 

  • 2018 02.01
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