芥川龍之介『羅生門』読書会のもよう(2018 5 25)

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2018.5.25に行った芥川龍之介『羅生門』読書会のもようです。

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私も書きました。

「下人に欠けていた勇気」

『羅生門』は、洛中(権威にささえられた社会秩序)と、洛外=猿山みたいな自然状態の境界を画している。

下人が『羅生門』で雨やみを待っていたのは、洛中の秩序にとどまるか、法を踏み越えるか(お上の秩序に反逆するか)迷っていたからだ。法にとどまれば、飢え死であり、法を越えると「すれば」………・強盗になるほかない。善良な下人は、倫理的葛藤に苦しんだ。

二階にあるのは、遺体である。身元はわかっているが引き取り手いないのが遺体だ。門外に捨てないのは、それがモノではないからだ。洛中の住人は仕方なく遺体を、ここに運んだ。

そのご遺体から、髪の毛を抜く老婆は、この女はヘビを干魚と偽って、太刀帯の陣に売っていたから、その報いで、毛を抜かれても仕方ないと・・・言い訳した。(太刀帯の陣というのは、現代の宮内庁みたいなところだ。)

恐れ多くも、朝廷を相手に詐欺をしたのだから、そんな反逆者の死体なら、モノ同等に扱ってよい。そういう理屈で、この老婆は自分の行為の正当化をしている。

この挿話の元ネタの『今昔物語集』では、この老婆は、仕えていた主人の遺体から髪を抜いていた、とある。統治が揺らげば、失業者は、かつての主人に対して恩知らずの罪を犯さざるをえない。

下人は、老婆の弁に悟るところがあった。そして直観した。この老婆は、主人の遺体を詐欺師の死体と言いくるめている、と。

彼は、ここで、人は自分自身にも世間にも同時に嘘を付くことができることを発見した。

下人に欠けていたのは、盗人になる勇気ではなく、都合の良い言い訳を本気で信じる勇気である。

倫理的葛藤は、自己欺瞞によって解消される。人は、善良な下人のまま強盗になれるのだ。

「下人の行方は、誰も知らない」

いったい彼は、どこへ行ったのか?

たぶん。積極的な嘘で自分を騙しおえた下人は、治安の低下した洛中に戻り、勝手知ったる主人の家で、最初の盗みを働いただろう。

クビになったバイトが、腹いせに合鍵で盗みを働くような論理的帰結である。

(おわり)

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  • 2018 06.17
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