ヘミングウェイ『老人と海』読書会もよう(2018 3 9)

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2018.3.9に行ったヘミングウェイ『老人と海』読書会のもようです。

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私も書きました。

「貪欲な鮫」

帰港後、マストを肩に担ぐ姿が、十字架を担ぎゴルゴタの丘を登るイエス・キリストの姿にだぶった。サンチャゴは、聖ヤコブのことで十二使徒のひとり、兄弟で漁師だった。少年はその弟のヨハネ。そんなことを思った。

 

「ティブロン」給仕はそういって、今度は訛のある英語でいいなおした。「さめが、……」彼は一生懸命顛末を説明しようとする。

「あら、鮫って、あんな見事な、形のいい尻尾を持っているとは思わなかった」

「うん、そうだね」連れの男が言った。

 

再々読して、このラストのシーンに何の意味があるのか? 考えた。

この前BSの番組観ていたら、魚もつがいで行動することが描かれていた。かつて少年と一緒に、まかじきのつがいに出会い、雌だけ釣り上げた挿話があった。雄は、最後に跳ね上がり、雌の姿をひと目見て、海の奥に消えていった。鮫もつがいで、老人の釣り上げた獲物を襲ってくる。

この老人は、妻に先立たれている。でも、漁の間、一度も妻のことを言わない。もしかすると、何度の呟いた、「あの子がいたらなあ」というのは、奥さんのことかもしれない。

でも、海(ラ・マル)は女性だ。海は嫉妬深いから、わざと少年に語りかけたのだ。

(引用はじめ)

老人は舵のところへ戻った。鮫のほうをみようともしない。それはゆらゆらと水の底に沈んでいく。最初は等身大に見え、それがだんだん小さくなっていくのがみえる。そういう光景はいつも老人を興奮させた。が、いまは、見向きもしない

(引用おわり)

死にゆく醜い鮫が、海に吸い込まれていく。老人が、かつてその光景に感じた興奮。エロスとタナトスのようなもの。殺し合い奪い合って生き抜く人間の業の深さや罪を暗示している。

なぜ、観光客の女性が、マカジキと鮫を間違えたのか? 老人は、自分をライオンとして誇るのだが、女性から見れば、彼は、興奮の雄叫び果てに、すべてを失って、海深く沈んでいく貪欲な鮫のようなものだ。

男の暗い欲望が、女としての海に吸い込まれて消えていく。

そんな人類の宿命を、皮肉っぽく描いたのだろう。

(おわり)

読書会の模様です。

 

  • 2018 03.23
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