ミーチャは、父親殺しの容疑で逮捕され、連行される直前に、《童》の夢を見た。彼は、大火事で焼け出された村を、馬車で通り過ぎて、こう叫ぶ。
「教えておくれよ。なぜ焼け出された母親たちがああして立っているんだい。なぜあの人たちは貧乏なんだ。なぜ童はあんなにかわいそうなんだ。なぜこんな裸の曠野があるんだ。」
(『カラマーゾフの兄弟』中巻 新潮文庫 P605)
そして、その後、アリョーシャにこう告白した。
「なぜ、あのとき、あんな瞬間に、俺が、《童》の夢を見たんだ? 『なぜ童はみじめなんだ?』これは、あの瞬間、俺にとっての予言だったんだよ! 俺は《童》のために行くのさ。なぜって、われわれはみんな、すべての人に対して罪があるんだからな。すべての《童》に対してな。なぜって、小さい子供もあれば、大きな子供もいるからさ。人間はみな、《童》なんだよ。俺は、みんなの代わりに行くんだ。」
(『カラマーゾフの兄弟』下巻 新潮文庫 P209)
子どもの話をしながら、感情的になるのは、イワンも同じだ。(上巻 P599)アリョーシャも子どもが好きだ。この三兄弟は、フョードルの育児放棄(ネグレクト)によって、焼け出された《童》のように育ってきた。彼らには、安心できる家がなかった。
アリョーシャが、イリューシャの埋葬に際して、彼の友だちを前にして語った言葉。
「いいですか、これからの人生にとって、何かすばらしい思い出、それも特に子供のころ親の家のなかにいるころ作られたすばらしい思い出以上に、尊く、力強く、健康で、ためになるものは何一つないのです。君たちは教育に関していろいろ話してもらうでしょうが、少年時代から大切にたもたれた、何かそういう美しい神聖な思い出こそ、おそらく、最良の教育にほかならないのです。」
(『カラマーゾフの兄弟』下巻 新潮文庫 P653)
そして、焼け出された《童》とは、そのとき病気で死にかかっていたイリューシャのことだ。
ミーチャがあごひげを引きずり回した、『へちま』の子どもイリューシャのことだ。
ミーチャは、イリューシャのためにシベリアに行かなければならない。
凍えて泣いていた《童》は、子供の頃の彼であり、そして、イリューシャのことだったのだ。
(おわり)
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