
源氏物語の『夕顔』はこういう話だ。
五条の通りにかつての乳母を見舞いに行った光源氏は、塀を修理したばかりの隣家が気になって仕方ない。檜垣で出来た塀は、なにか、そう身分の低くない人が住んでいる証拠だから、誰か引っ越してきて、身分を隠して暮らしているに違いないと、源氏は、感づいた。直したばかりの塀に咲いていた夕顔の花を、源氏のおつきが手折ると、「これに載せてください」と、夕顔の家主の侍女から扇をプレゼントされる。その扇には「貴方様は、光源氏様ではありませんか」という意味の歌が書いてあった。
その興趣あふれるアプローチに、心動かされた源氏は、後日、身分を隠して、かの家を訪れ、その家に住む「夕顔の女」という魅力的な女性と逢瀬を重ねる。そして、ある日、夕顔と、その侍女、右近をつれて、「なにがし院」とよばれる別荘で濃厚な一日を過ごす。その機会に、とうとう、自分が源氏であることを告白する。夕顔は喜んだ。しかし、源氏のもう一人の愛人、六条御息所が二人の関係に嫉妬して、生霊として枕辺にあらわれ、「私のところには訪ねてくれないのに…」と恨み言を言った。生霊につかまれた夕顔はショックで息絶えてしまう。
さて、大変なことになったと思った源氏は、後始末を乳兄弟の惟光にまかせ、夕顔のむくろを寺に預け、いったんは、自宅に帰るのだが、彼女が息を吹き返すのではないかと思い、いたたまれず、再度寺を訪れると、その甲斐もなく夕顔は永遠の眠りについたままだった。
夕顔は、そもそも源氏の先輩である「頭の中将」のもと愛人だった。
その上、ふたりの間には子供もいた。
この変死事件を何とか隠さないと頭の中将にも迷惑がかかる。源氏は、スキャンダル隠しに奔走する。夕顔の侍女である右近の身柄を拉致し、手元において世話して固く口止めをした。そして、事件の真相を20年、世間から隠し通したのだった。
これが、光源氏17歳のはじめての「あとしまつ」だった。
(おわり)
★参考文献 『光源氏の一生』 池田弥三郎 講談社現代新書
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