2018.9.28に行った小川洋子『博士の愛した数式』読書会のもようです。
私も書きました。
(引用はじめ)
0が登場しても、計算の規則の統一性は決して乱されない。それどころか、ますます矛盾のなさが強調され、秩序は堅固になる。P.220
(引用おわり)
「eが博士」「πが私」「 iがルート」「1が義姉」を表していて、それを足して現れた0が矛盾のない秩序の証である。この証が、オイラーの公式に美しく表現されていると博士が鮮やかに示したから、3人の不思議な関係を義姉は納得したのではないか。
なぜこの公式が成立するのかは、神のみぞ知る。インドの数学者が0を発見したから、この世の秩序が確かなものになった。誰かの謙虚な発見の積み重ねで、人間世界は進歩した。神様の手帳をのぞき見ただけだ、と博士も謙虚だ。
数学の関係性が、この小説の伏線になっている。「友愛数」は私と博士の関係。「双子素数」は博士とルートの関係。三人の絆は江夏の背番号28の表す「完全数」。そして、三人の関係を、見守る第三者としての義姉も含んだ関係が「オイラーの公式」ではないだろうか。
小説の登場人物の関係に潜んでいる偶然のような必然を、数学が教えてくれる。つまり、数学を通して、現実世界を眺めれば、無関係だと思われていた現象に、深い絆が隠れていることが見えてくる。
『義弟は、あなたを覚えることは一生できません。けれど私のことは一生忘れません』
現実社会での関係は、はかない。
博士の記憶が80分でなくなれば、関係の糸はぷっつりと切れてしまう。しかし、数学を基礎とした関係は、永遠だ。
『永遠に愛するN』とはNumberのNのことなのかと思った。
数学を信じることで、哲学者カントのいうところの『可想界』が成立する。数学を信じることで博士は生き延びてきた。
『直感で数字をつかむんだ』(P.30)と博士は言う。現実世界の背後に広がる『可想界』には、直感で到達するのだ。
その同じ直感は、ルートを溺愛する博士の理由にもなっている。なぜなら、ルートと博士は双子(素数)だから。
数学の本質はダイレクトに、人間の認識能力の直感に関わっており、人類のまだ知らない深い絆が、神様の手帳には、たくさん記されているのかもしれない。信じれば見つかるはずだ。
(おわり)
読書会の模様です。