安岡章太郎『海辺の光景』読書会のもよう(2018 9 7)

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2018.9.7に行った安岡章太郎『海辺の光景』読書会のもようです。

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私も書きました。

「敗戦の過酷さ」

この猛暑の夏、岐阜のとある病院で冷房が壊れて入院していた高齢の患者が何名か亡くなった。患者らにとって、この病室が終の棲家であった。包帯男の言葉、「あんなところに置いたら丈夫なものでもすぐに死んでしまう……」(P.112)そんなことは、医者も病院関係者も家族も知っていたはずだ。そうせざるをえなかった。信太郎は、自分の手で、無自覚に、母をそこに押しやったのだ。戦争に負けるとはこういうことだ。

政治体制は、人間の精神に深く食い込んでいる。母の精神は、いつ狂気にさまよいこんだのだろうか? おそらく、戦後の混乱の中で、徐々に狂気の淵の追いつめられていったのだろう。それでも、家長としての父が実家に連れ帰り、トイレに付き添い介助するまでは、母の精神は、正気にしがみついていた。本格的な狂気は、家族が病院に入れてから、はじまったのだろう。「ふん、とうとう放り込まれることになったか!」(P.114)

その精神的な死は、日本の明治以降の政治体制が、敗戦によって崩壊したことによって始まった。もっと早く、戦争が終り、陸軍が存続し、信吉が軍の獣医を続け、世田谷の家も焼けず、生活の困窮の果てに、強制退去を余儀なくされることもなく、見知らぬ土地に移住することもなければ、おそらく、母チカの精神は崩壊しなかっただろう。トランクの内側に刺さった大鎌が示す狂気は、敗戦の日から芽を出して育ちはじめていったものであり、家が崩壊し、精神病院の独房で徹底的に尊厳が失われるまでの間に枯れていった。

不思議なほど父を嫌っていた母が、なぜ、死の床で「おとうさん」とかすれる声でいったのか?

ルース・ベネディクトは 『菊と刀』でこう述べている。「家長はむしろ、物心両面を管理する管財人に近い」(P98 光文社古典新訳版)

「家」の管財人としての家長、信吉の背後に母チカは、戦争で崩壊していった「家」を支えていた「なにか」を、まだ見ていたのではないか。高知の信吉の実家の床柱が支えている「なにか」である。

『国破れて山河あり』

母を棄て、故郷を棄て、たどりついた引き潮のはての墓標。政治体制が崩壊し、焼け野原となった戦後民主主義の日本に、いつまでもつきまとう身も蓋もない残酷な心象風景。敗戦の過酷さは終わらない。

(おわり)

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  • 2018 11.17
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