村上春樹の『ノルウェイの森』の読み方(ファンタジー批判として)

この記事は4分で読めます

こんにちは、信州読書会の宮澤です。

先日、村上春樹さんの『ノルウェイの森』の読書会を行いました。

この作品を再読して、私が疑問に思ったことがいくつかあります。

この作品には、謎が隠されています。

その謎を、ハルキストではない私が、Q&A方式でひとつひとつ解いてみました。

この解釈は、私の解釈なので決定版でもなんでもありません。

いろいろな解釈があると思います。

ギリシア悲劇が好きな読書人階級なら、ご納得いただける見解として自負しています。

「そういう解釈もあるのか」というご参考までに。

 

実は、レイコの身の上話には、客観的な事実がひとつもないのです。

ということは、レイコの話は、ぜんぶウソだという解釈も当然ありうるでしょう。

 

以下の解釈は、レイコを虚言癖をもった人格破綻者として読んだ場合の解釈です。

 

● レイコの人生を狂わせたレズビアン中学生とは何者か?

 

レイコ自身のことです。

 

あの気持ち悪い身の上話は

全部、レイコの作り話です。

 

レイコこそ周りの人間を腐らせる

腐ったリンゴです。

 

直子もワタナベくんも

レイコの嘘の被害者です。

 

ただし、レイコも自分の吐いた嘘を

本気で信じている

たちの悪い人格破綻者です。

 

自己欺瞞(いいわけ・正当化)

だらけの人間です。

良心をもたない人間「サイコパス」です。

 

● なぜ、阿美寮のオウムは、レイコにむかって

「アリガト、キチガイ、クソタレ」と言うのか?

オウムはレイコの卑劣な正体を

動物の本能で見抜いていたから

 

 

● なぜ、直子は死んだのか? 彼女の語った『野井戸』とは何か?

 

直子はレイコの自己欺瞞に洗脳されて

自殺に追い込まれたのでしょう。

または、結果的にレイコに支配されて、

殺されたんでしょう。

 

レイコは日常会話において

ダブルバインド(二律背反)を

多用して、意図的に相手を混乱させ、

そうして徐々に洗脳していきます。

 

直子もワタナベくんもレイコの

もっともらしい人生訓に

(それもほとんどがダブルバインド)

まんまと洗脳され、気づかないまま

レイコと同じ自己欺瞞の共犯者にされて

生きています。

 

「野井戸」とは

「誰にも言えない絶望を抱えて生きること」

です。

あるいは

「自分自身へのいいわけに自覚がないことです」

 

要するに「自己欺瞞」のことです。

 

自己欺瞞を繰り返すことは、

「野井戸」に落ちるのと同じことです。

 

 

● なぜ最後にワタナベは、レイコと肉体関係を持ったのか?

 

 

レイコにまんまとダマサれたから。

 

 

● なぜ、ワタナベは、冒頭飛行機の機内で

『ノルウェイの森』を聴いて混乱したのか?

 

レイコにダマされた過去の痛すぎるトラウマが

フラッシュバックして苦しかったから。

 

あるいは自己欺瞞に気づいたから。

 

● デウス・エクス・マキーナ(機械仕掛けの神)とは、誰のことか?

 

小林緑の親父

 

● ワタナベは、最後にどこにいたのか?

 

緑が、小学生のとき家出してたどりついた福島の駅

 

● 緑の父親の『切符・緑・頼む・上野駅』の意味はなにか?

 

最後の場面で、ワタナベくんが福島から

緑に電話をかけるための伏線。ネタ振り。

緑の親父の予言を思い出したワタナベは、

あやうくレイコにダマサれ、一緒に汽車に乗って

旭川に行きかけたが、福島で降りて

上野まで切符を買って帰ってきた。

 

● 永沢の『自分に同情するのは下劣な人間のやることだ』とはどういう意味か?

 

永沢さんは、レイコのような虚言癖のある人間を下劣だと思っているという意味。

 

自分に同情するのは自己欺瞞です。

 

自分に同情するっていうのは

「いいわけ」や「正当化」どう違うんですか?

 

永沢さんは、

自己欺瞞に無自覚な人間を

ディスってるんです。

 

自己欺瞞の強い人間は、

同情や泣き落しを悪用して相手の良心を弄び

支配してきます。

 

自分に同情するとは、自分の良心に嘘をつくことです。

 

● 『死は生の対極としてではなく、その一部として存在している』とは

どういう意味か?

 

レイコのように自己欺瞞を繰り返して、

自分も他人も軽蔑して生きているのに

そのことに気がついていない

自己欺瞞のかたまりのような人格破綻者が

この世には浮遊霊のように、うようよと

さまよっているということ。

 

われわれは、長い人生において、精神的に弱った時に

自分のついた嘘を本気で信じている

自己欺瞞の強烈な人格破綻者に出会い、ダマされて支配され

良心がボロ雑巾になるまで弄ばれ、

野井戸に落ちて、死ぬるほどに絶望すること。

 

● 1968年から始まる物語にした理由は?

 

この作品が書かれた1986年当時もなお

学生運動の敗北者が、レイコのような虚言癖でもって、

文芸評論をしたり、自称哲学者(笑)だったり、塾で予備校生をだましたり、

自己啓発セミナーやヨガ教室や読書会でも主宰したりしながら

人格破綻したまま、生き延びていることを批判するため。

 

そういう人たちにまんまとダマサれるお人好しを戒めるため。

 

そして、今もなお、ダマサれて続けている

お人好しな人たちを的確にあぶり出すため。

 

そして、日本人の自己欺瞞を告発するため。

 

政治思想を語る人間の

自己欺瞞を告発するため。

 

信仰を自己欺瞞として

悪用する人間を告発するため。

 

政治小説であり、宗教小説だと思います。

読者もだましているのだから、人が悪いなあと思います。

作者は、自称ハルキストをも批判しているのかもしれません。

読み手のさじ加減で、ファンタジー小説にもリアリズム小説にも読めます。

読者のレベルに応じて、結末のつく構成になってます。

この作品の解釈のしかたで、読者の読解力が試されるということです。

 

単なる 恋愛小説として読んでいる

世界中のお人好しな読者の自己欺瞞や

ふわふわした輪郭のない同情心を

村上春樹さんは、あざ笑ってるでしょう。

 

やれやれ、と。

 

小説の冒頭のエピグラフ

「多くの祭り(フェト)のために」

この作品の感想をめぐる、

お人好しな読者のまぬけなお祭り騒ぎ

を指すと思われます。

 

やれやれ、と。

 

これを読んでいる「あなた」にも、

 

やれやれ、と

 

ちくっしょー、はらたつわー

あるいは、泣けちゃうわね。(小林緑の口癖)

 

2015.11.21におこなった

村上春樹さんの『ノルウェイの森』の読書会のもようです。

レイコが信用できる人物かどうかについて討論しました。

上記の解釈について詳しく音声で解説しました。

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